【メディア】日本大学会報誌「桜縁」 2023年7月 [地域性と独自性にこだわり 静岡産のウイスキーを世界へ]

日本大学の校友会会報誌である「桜縁(おうえん)」に、活躍する卒業生として代表の中村大航をご紹介いただきました!

地域性と独自性にこだわり 静岡産のウイスキーを世界へ

異業種から転身し蒸留所を建設 “ 情熱 ” で道を切り開いた11年の軌跡

静岡らしさを前面に 土地に根差したウイスキー作

静岡の市街地から車で北へ約40分、〝オクシズ(奥静岡エリア)〟と呼ばれる、静かな中山間地域に建つ「ガイアフロー静岡蒸溜所 」。 標高400メートルほどの山に囲まれた蒸留所 は 、ウッディな建物が景観と調和し、自然との一体感が感じられる。ここで静岡産のウイスキー作りを行っているのが、ガイアフロー代表取締役の中村大航さんだ。
「蒸留所を建てる時に重視したのは、土地の風土を生かし、地元に根差したウイスキー作りの環境をつくること。ここは林業が盛んな地域なので、建物の内外装に地元の材木を使用するだけでなく、スギ材で木製の発酵槽 を作ったり間伐材を薪にして直⽕蒸留機の燃料にしたり。ウイスキーの味わいにも、土地の特色を生かしています」

ウイスキーは、粉砕した麦芽を糖化し、酵母を加えて発酵させ、これを2度以上蒸留してできたニューメイク(ウイスキーの原酒)を樽に詰めて熟成させる。無色透明な原酒がウイスキーになるまでには、最低3年の熟成期間が必要だ。

蒸留所内では、旧軽井沢蒸留所(※)から移設した間接加熱式蒸留機「K」とスコットランド製の薪直火式蒸留機「W」、再留釜「S」の合計3基の蒸留機(ポットスティル)が稼働している。2016年に製造を開始し、2020年に初めて「シングルモルト日本ウイスキー静岡 プロローグK」をリリース。
2022年にはジャパニーズウイスキーでは例のない大麦の産地で製品を作り分けた「ポットスティルK 純日本大麦初版」「ポットスティルW純外国産大麦初版」を発売、2023年にはそれに続く「ポットスティルK 純外国産大麦初版」「ポットスティルW 純日本大麦初版」を発売し話題になった。海外でもその味わいは高く評価されており、ウイスキーの評価サイトで高得点を獲得している。

※メルシャンが所有していたウイスキー蒸留所。1955年に操業を開始し、2011年に閉鎖。2015年、競売にかけられた設備一式をガイアフローが落札した。


起業家魂を震わせたスコットランドの小さな蒸留所

本学入学と同時に上京した中村さんは、インターネットがまだ普及していなかった当時、パソコン通信に長けていたことで、商社が立ち上げたオンラインコミュニティやゲームの運営を任され、〝大学の外での社会勉強〟が中心の生活に。「全く何もないゼロの状態から、エンジニアたちとアイデアを出し合って何かを作り上げるのがとても面白くて、夢中になりました」

課外活動に力を入れるあまり2年留年し「親には散々怒られた」が、ウイスキー作りに挑む起業家精神の原点はここにあるという。

本学卒業後は、地元企業に就職し、経理・総務を担当。31歳で祖父の代から続く精密部品メーカーに入り、34歳で代表取締役社長に就任した。ファミリービジネスであるが故に抱えていた多くの問題点を、生産方式から抜本的に見直すなどして改革。必死に働いて火の車だった経営も立て直した。しかし、現実はさらに厳しかった。

「経営的に安定すれば会社は良くなると考えていましたが、また別の問題が持ち上がり、これまで頑張ってきたのはなんだったんだろうと思い始めてしまったんです。いわゆる燃え尽き症候群ですね」

進むべき道を見失った中村さんは、一時仕事から離れ、自分を見つめ直す日々を送った。そして、2012年に転機が訪れた。

20代の頃からウイスキーが好きで、イベントや国内の蒸留所に足を運んで楽しんでいた中村さんは、パリの友人に会いに行きがてら、スコッチの産地として有名なスコットランド・アイラ島を訪れ、9カ所の蒸留所を見て回った。創業100~200年を誇る老舗が大半の中、最後に訪ねた創業7年のベンチャー蒸留所は、馬小屋を改装した小さな施設にもかかわらず、世界で認められるヒット商品を生んでいた。「どの世界でもオンリーワンは強い。これなら自分でも勝負できるかもしれない」そう思い立った中村さんは、帰りの機上で、〝ジャパニーズ・ウイスキー〟を作るためのビジネスプランを練り始めていた。


自治体のバックアップを追い風に 蒸留所の建設へ

とはいえ、ウイスキー事業への参入は簡単ではない。中小規模で運営されている蒸留所は数少なく、ノウハウがない中、埼玉・秩父に蒸留所を構えるベンチャーウイスキー創業者の肥土伊知郎さんをはじめ、国内外の先達や蒸留所、メーカーなどを訪ね、設備調達やウイスキー作りについてから学んだ。
そしてまず、ウイスキーの輸入代理店として始動することを決めた。

「オリジナルのウイスキーを作っても、販路がなければ成り立たないため、輸入販売からスタートして販売網を確立することは、重要なステップだと考えました。また、2012年9月に、タイミングよく酒類卸売業免許の要件緩和が行われ、参入しやすくなったことも幸運でした」

ほどなく、縁あって名ボトラーとして知られるブラックアダー社(イギリス)の販売代理店となった。「たまたま東京で、ブラックアダー代表のロビン氏が歩いているのを見かけまして。『蒸留所の作り方を教えてください』と声を掛けてお願いし、相談しているうちに『代理店になってくれないか』と提案されたんです。
後に『なぜあの時、実績のないわれわれを選んだのか?』とロビン氏に聞いたところ『パッション(情熱)を感じたから』と。当時の私は、相当必死だったんだと思います(笑)」

中村さんはウイスキー輸入販売事業を軌道に乗せつつ、着々と蒸留所の建設に動いた。水と空気がきれいで、地元の理解もある、そんな候補地を探す中で見つけたのが、〝オクシズ〟にある現在の土地だった。
ここは、静岡市が所有しており、20年以上、活用案が出ては消えるような状態だったため、行政との協力体制をスムーズに築くこともできた。また、以前からウイスキー蒸留所づくりに興味を持ち、プロジェクトを強力にバックアップしてくれた市の担当職員との出会いにも恵まれた。

2015年7月には、静岡市・田辺信宏市長(当時)とともに、蒸留所建設の記者発表会を開催。同年9月に着工した工事は、2016年8月に完了し、翌9月にはウイスキー製造免許を取得。10月に本稼働を開始した。


原材料にもこだわり 純静岡産を目指す

製品作りでこだわるのは、他の蒸留所にはない〝静岡らしさ〟だ。
「世界の蒸留所を見て回ると、田舎の小さな蒸留所は地域性をとても大切にしていて、そこでしか作れないものを作っています。ここ静岡であれば、木材を生かすことはもちろん、原材料にも静岡産のものを使いたいと考えています」

2018年からは、静岡県産大麦を原料にした原酒作りに挑戦してきた。これまで静岡県内で大麦の栽培は希少だったが、県の公的研究機関、農家などと協働。
現在では全生産量の1割を県内産大麦で賄えるほどに収穫量が増えてきている。また、静岡産の酵母を使った仕込みも一部行う。地元産の独⾃の酵⺟を⽤いる蒸留所は、世界でも⾮常に珍しいという。
さらに将来的には静岡産の樽での熟成も視野に入れている。

ウイスキーをリリースして3シーズン目を迎え、中村さんは理想とするウイスキー作りに向けて、着々と前進を続けている。
「最終的な目標は、世界中の方々のあらゆるシーンで、静岡産のウイスキーを楽しんで飲んでいただきたいということ。それができたら満足ですね」
「好きなウイスキーを仕事にできるのは本当にラッキー」と、うれしそうな笑顔で続ける。

「学生の皆さんには、どんどん旅に出てほしいと思います。日常生活ではできない新たな出会いや体験をすることで、世界はもっと広がるはずです」

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